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福岡高等裁判所 昭和41年(う)272号 判決

被告人 上中亨

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金六、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、福岡区検察庁検察官栗本義親名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴趣意第一(法令適用の誤り)について

そこで、検討するに、道路交通法第二六条第一項は、「車両等は、同一の道路を進行している他の車両等の直後を進行するときは、その直前の車両等が急に停止したときにおいてもこれに追突することを避けることができるため必要な距離を、これから保たなければならない。」と車間距離の保持について規定しているが、原判決は、右条項の先行車が「急に停止したとき」とは、先行車が制動機の制動力によつて停止した場合を指称し、制動機の制動力以外の作用によつて異常な停止をした場合例えば障害物(車両を含めて。)に衝突して進行を阻止されて停止した場合の如きは該当しないとしている。ところで、道路交通法は、道路における危険の防止を重要な目的としているのであるから、その規定の解釈に当つては、予測される危険に対してはこれを十分防止しうるよう解釈すべきである。すると、同一進路を進行している先行車が、本件の場合のように停止しているその先行車と衝突するなどして、制動機の制動力以外の作用によつて停止することすなわち制動による通常の停止距離を進行せずに停止することは、十分予測されるところであるから、道路交通法第二六条第一項の先行車が急に停止したときは、先行車が制動機の制動力によつて停止した場合のみならず、制動機の制動力以外の作用によつて極端にいえば先行車に追突するなどして制動をかけずに停止した場合をも含むと解するのが相当である。したがつて、右条項により、追従車は、先行車が制動機以外の作用により制動をかけた際の通常の停止距離を進行せずに停止したとしても、これに追突するのを避けることができるため必要な距離を保たなければならないのである。このように解することにより、超重量の高速度交通機関による道路における危険を防止する目的を十分に達しうることになるのである。

原判決は、その前記のような解釈の一根拠として、道路交通法が第五三条において先行車の運転者に停止の合図を命じて追従車の追突の危険防止の一端を負担させていることを挙げているが、先行車の運転者に停止の合図が命じられているからといつて、原判決のように解釈しなければならないとはいえない。さらに、原判決は、その前記のような解釈の今一つの根拠として、制動機の制動力以外の作用によつて停止した先行車は、追従車にとつてはその進路に突然現出した障害物と異らないことを挙げているが、制動機の制動力以外の作用によつて停止した先行車は、追従車にとつて突然現出した障害物ではなく、制動機の制動力以外の作用によつて停止する可能性をもつてすでに先行していた危険物であるから、十分予測できた障害物である。また、原判決は、旧道路交通取締法施行令第二二条が、車間距離の保持の規定として、「車馬又は軌道車が他の車馬又は軌道車に追従するときは、交通の安全を確保するため必要な距離を保たなければならない。」と規定し、道路交通法第二六条第一項と異る表現をしていて、右旧令の規定は先行車が制動機の制動力以外の作用によつて異常な停止をした場合の追従車の危険防止にも適用あるが、右道路交通法の規定はこのような場合の危険防止は道路交通法第七〇条の安全運転の義務による危険防止の規定に譲つたものと解しているが、右旧令の規定と比較して、道路交通法第二六条第一項を原判決のように解さなくてはならないとはいえない。

したがつて、原判決は法令の解釈適用を誤つたもので、この誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるからら、原判決は破棄を免れず、論旨は理由がある。

同第二(事実誤認)について

そこで、検討するに、原判決は、当時被告人運転の自動車が、時速約四〇キロメートルの速度で、先行車との車間距離を約六メートルに保つていたとする司法警察員作成の実況見分調書における被告人の指示説明、被告人の司法警察員および検察官事務取扱検察事務官に対する各供述調書は、信用性が疑わしく、その他に当時の被告人運転の自動車の速度および先行車との車間距離を認定することができる証拠けなく、結局当時被告人が追突を避けることができるため必要な車間距離を保つていなかつたことを認定できないとしている。しかしながら、右被告人の指示説明、各供述調書は、原審および当審において取り調べた他の証拠、ことに当審において取り調べた成重恕水作成の「スキツドマークからみた車間距離の算定について」と題する書面等によれば、被告人運転の自動車と今吉忠親運転の先行車との当時のスリツプ痕から、右両車の車間距離を算定すると、その距離が約六メートルとなる可能性があることと対比すると十分信用性かあるものである。もつとも、右実況見分調書の見取図(二)には、被告人運転の自動車の空走距離が約九・七メートル(原審証人今吉忠親の供述によれば、今吉忠親運転の自動車の長さは三・七メートルである。)であつたと表示してあるが、当審鑑定人高橋英彰作成の鑑定書に照すと、この空走距離は長過ぎるので、右見取図(二)の右表示によれば、当時被告人運転の自動車が先行車との車間距離を約六メートルに保つていたとする前記被告人の指示説明、各供述調書は信用し難いのではないかとも思われる。しかしながら、右見取図(二)には、被告人運転の自動車、その先行車、さらにその先行車が同時に制動をかけたような表示になつていること、被告人が制動をかけた時の先行車の位置は、先行車の制動燈のついた地点すなわちスリツプ痕の始端付近であるべきであるのに、右始端の六・六メートル後方に表示されていることを考えると、右見取図(二)の各車両の停止地点およびスリツプ痕は正しいが、その他の各車両が制動をかけた位置は必ずしも正確ではないと認められる。したがつて、右見取図(二)の被告人運転の自動車の空走距離の表示により前記被告人の指示説明、各供述調書が信用できないとすることはできない。

そして、控訴趣意第一に対する判断に示した必要な車間距離からすると、当時被告人運転の自動車が時速約四〇キロメートルで先行車との車間距離を約六メートルしか保つていなかつたことが必要な車間距離を保つたものでないことは、当審鑑定人高橋英彰作成の鑑定書によれば、当時被告人運転の自動車の時速四〇キロメートルのときの制動をかけた際の停止距離が約一一・二七メートル(空走距離四・一一メートル、制動距離七・一六メートルの合計)であることにより、明らかである。

したがつて、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があり、原判決は破棄を免れず、この論旨も理由がある。

そこで、刑事訴訟法第三九七条、第四〇〇条但書により原判決を破棄し、さらに次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四〇年三月二二日午前一〇時五〇分頃福岡市東光町四三番地附近の道路において、普通貨物自動車を約四〇キロメートル毎時の速度で運転して、同一進路を進行している今吉忠親運転の普通乗用自動車の約六メートルの直後を追従進行し、もつて右先行車が急に停止したときにおいてもこれに追突するのを避けることができるため必要な距離を右先行車から保たなかつたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示行為は、道路交通法第二六条第一項、第一二〇条第一項第二号に該当するので、その金額の範囲内で、被告人を罰金六、〇〇〇円に処し、刑法第一八条により右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により原審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判官 塚本冨士男 安東勝 矢頭直哉)

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